02’文発用脚本 タイトル「心のかたすみの…」  原作:石井孝介 脚色:熊谷徳朗







 ピンスポで主人公を抜く。舞台中央に主人公。
 主人公のモノローグ。主人公は川上彰(カワカミアキラ)という名前。
 本を読んでいる。満足いかなげ。こっちを向く。


川「夏っていいですよねぇ。私は夏が大好きなんです。
  なんだかファンキーな気分にさせてくれるっていうか。
  街に出りゃキャミソールにホットパンツの楽園だし、いやぁ〜露出度の高い服っていいですよね。
  みんな開放的だし、おかげでナンパもガッツンガッツンいける…

  (BGM、大きくなる。照明、ゆっくり落ちてく)

  ああっと、ごめんなさい、突然。そうだ、あなたには『夏の思い出』ってありますか?
  大切な『思い出』が…。」


 暗転。
 しばらくして明りがつく。舞台はどこかの喫茶店。
 下手側に川上。誰かを待っている様子。アイスコーヒーを一人で飲みながら。


川「…ふぅ。まったく、自分で呼び出しておいて遅れるなんて。あいつも相変わらずだよなぁ。
  それにしても久しぶりだ。最後にあいつに会ったのは、いつだったかなぁ…?」
声「二年前だろ?」
川「え?」


 上手側より、山下伸吾(ヤマシタシンゴ)が登場。


山「全く、たった二年前のことを忘れっちまうなんて、お前も相変わらずだよなぁ。」
川「何だよ!さっきからそこにいたんだな?」
山「ハッハッハ!さっきどころか4日前からお前のことを尾けておるわ。」
川「マジかいっ!」
山「したら、出るわ出るわ、不祥事の数々。」
川「何だよ、不祥事って!」
山「この人実は密入国者なんです。」
川「コンテナ中は暗かた。暑かた。そして臭かた。ワタシもう国には戻りたくないヨ。」
山「そして今は外人パブでお勤め中です。」
川「ハイ、シャチョさん、シャチョさん。お金いっぱいもてるネ。」
山「あと米兵さんにも、よくたかってます。」
川「ギブミーチョコ!ギブミーガム!っていい加減にしろっ!!」
山「くっくっく…。アハハハ」
川「…ぷっ。くくく、アハハハハ。」
山「相変わらずノリいいなぁ。アハハハハ。」


 ちょいとの間、二人で笑ってる。


川「本当に久しぶりだな。伸吾。」
山「本当だな、川上先生。」
川「ハァ?」
山「とぼけんなって!今や川上彰っていったら日本中の誰だって知っている、
  押しも押されぬ大作家先生じゃないか。」
川「あ、ああ。…そんなこと。」
山「そんな事とは何だ。謙遜するなよ。お前の書いた本が認められたんだぞ?」
川「だけど、たった一発じゃ…。」
山「一発じゃない、一発目だ。ついにお前はめざす世界に踏み込めたんだよ。」
川「そうかな。」
山「なんだ自信無いのか?」
川「そういう訳じゃ無いけど…。何て言うかな、読み返すとイマイチ安っぽい気がしてさ。」
山「そんなのいつもじゃないか。お前の場合。」
川「え?」
山「高校のときから変わって無いな。ほら、脚本仕上がる度に言ってたろ。自信無いって。」
川「ああ。…そうだっけ?」
山「だけど、俺はそんときからずっとお前の脚本のファンだぞ。特にホラ、
  何だっけ最後にかいたあの…ホラお前が一人三役やった本。」
川「俺が?そんなのあったっけ?」
山「お前もこれは俺の最高傑作だ!とか言ってたじゃんかよ。」
川「う〜ん。覚えてないなぁ。」
山「ああ、もう。とにかくだ。一発だろうが何だろうがお前は認められたんだ。努力が実ったんだぜ?
  もっと素直に喜べよ。胸はってけ!胸!」
川「ああ。ありがとな。いつもいつもさぁ。」
山「何言ってるんだよ。そんなにいつもいつも、お前を励ました覚えなんてないぞ。」
川「俺はさぁ、いつもお前に励まされてた。」
山「騙されてたの間違いじゃないか?」
川「……どっこいどっこい位だな…。」
山「じゃ、プラマイゼロだ。その方が俺も気楽でいい。」
川「お前らしいな。」
山「そうだ。お前、覚えてるか?」
川「何を。」
山「俺たちの『運命的な出会い』だよ。」(SE:キラーン)


 ちょうど伸吾の水をもってきた店員にすごい顔をされる。


川「今の絶対誤解されたな。」
山「きっと奴の今日のメールの話題独占したぜ。やったな。」
川「うれしくねえよ。」
山「照れるなよ。で、俺達が出会った時の事なんだけどさ。」
川「えぇと。あ、あれ?…どんなだっけ?」
山「覚えて無いか。まぁ、無理もないよな。」
川「…え?」
山「いいって。覚えて無いんだったらいいよ。」
川「いや、中途半端に話してやめるなよ。」
山「う〜ん。じゃあ、もう時効だから話すけどな。」
川「ああ。」
山「俺達が初めて会ったのは…。」


 下手にピンスポ、他は落ちる。
 ピンスポの中に入っていく山下。


山「俺と彰が知り合ったのは、高校一年の夏。もうじき夏休みに入るって時期だった。
  とても暑い夏だった。」


 (SE:蝉の鳴き声)


山「その日は大掃除の日で、俺は教室の掃除をしていた。その時は、まだお互いの事を
  知りもしなかった。そのころの彰は…」


 上手にピンスポ。そこには後ろ向きの川上が立っている。


山「ちょうどこんな感じだった。」


 その声に合わせて振り向く川上。その目にはビン底のような眼鏡をかけている。
 一瞬正面を向いて静止。そして、本を取りだし読み始める。


山「その時俺は窓掃除をしていた。ウチの校舎はもうだいぶ古くなっていて
  窓のたてつけも悪かった。ちょうど気になるところに汚れがあるのに届かない。
  俺は半ばムキになって窓を動かそうとしてたんだ。
  そしたら…(ガコッという嫌な音)うわぁっ!(ガラスの割れる音)」


 声も無くその場に倒れ伏す川上。


山「ああ!まずいなぁ、やっちゃったよ。大丈夫…な訳無いよな。」


 川上に近づく伸吾


山「それが、俺と彰の出会いだった。初めて会ったときのことは、今でも鮮明に覚えている。
  あのときの彰の仕草、何ていうかいびつに歪んだ彰の頭、そして、白目を剥いた目。
  もう絶対駄目だと思った。」


川「そんな恐ろしい事があったのか!?」
山「まあまあ、少し刺激的な出会いだと思えば…」
川「俺、瀕死じゃねえか。」
山「だけど、おかげで演劇に出会えただろ?」
川「…そういや、そうだった。お前に誘われて俺も演劇始めたんだっけ。」
山「そうそう、俺はもう演劇部に入ってて。」
川「俺はそれまでガリ勉一筋で。だから誘ってもらえた時うれしかった。」
山「まぁ、何か後遺症とかあったら俺が面倒見なきゃってさ。でも、お前が翌日普通に
  学校来たときはビックリしたよ。」


 中央のピンスポに明りつく。そこでばったりと出くわす二人。伸吾はびっくりしてる。


山「あ、ねぇ、君。川上彰っていうんだろ?」
川「何で、僕の名前を?」
山「このクラスに友達がいてさ、それで。」
川「ああ。」
山「それより君、昨日の怪我は大丈夫なの?」
川「ああ、見てたんですか。大丈夫です。病院行ったらどこにも異常はないそうです。」
山「うそぉ!?」
川「ご用はそれだけですか?早く帰って勉強をしなくては。」
山「ああっと!そうそう、君にさぁ、僕の所属する演劇部に入部して欲しいんだ。」
川「…今、何と?」
山「だから、演劇部に入ってくれないか?」
川「…ぼ、ぼぼ、ぼぼぼぼぼぼぼ。僕が?演劇部に?」
山「うん。」
川「にゅ、にゅ、入部?」
山「どうしたの急に。」
川「ああ、あの、ほほほ、本当に……ぼ、ぼ…僕?」
山「そうだけど、大丈夫?」
川「あ、あああ……ああああああ!!」


 川上、急に上手に逃げ出す。


山「あぁ、ちょ、ちょっとぉ…!!…やっぱり後遺症があったんだぁ……。っぷ、くく、あははは!」
川「あ、あの時は、だから嬉しくって舞あがっちゃってさ。」
山「いきなりあれだもんなぁ、俺が部活やめるしかないと思ったよ。でも、次の日の放課後。
  お前のほうから部室に来たのには、本当に驚いた。」
川「実は前々から興味はあったんだ。その、部活って奴に。」
山「でも、本当に嬉しかった。来てくれて。」
川「嬉しかったのは俺も同じだ。」
山「お互い嬉しかったって事だな。そして、その時から『演劇部の山川コンビ』と呼ばれた
  俺とお前の伝説が始まったって訳だ。」


 山下の台詞の最後あたりから地明りがFIする。
 二人とも、椅子にすわる。店員、二人分のコーヒーを出す。


川「ずいぶんと大げさだなぁ。いつからそんな伝説になったんだ?」
山「俺の中じゃ、結構前からそういうことになってるぞ。」
川「お前の中だけかよ。」
山「まぁ、気にすんなよ。けど、あの演劇部でのしごきは結構なものだったよなぁ。」
川「ああ、それは覚えてる。何しろ『文化部の中で最も体育会系に近い』なんて言われただけあって。
  かなり、絞られたよ。」
山「でも、そのおかげでさ。地区大会で、優秀賞をもらったじゃないか。他の演劇部の人達からも、
  コメディの鬼とかいわれてさ。」
川「そうそう、二人で喜んだよなぁ、あの時は。」


 少しの間。


川「今思うと…あんまり…なぁ。」
山「『コメディの鬼』だもんなぁ…。」
二人「ははははは…。…ハァ…。」
山「切ないな…。」
川「もう深く考えるなよ。」


 少しの間。
 二人コーヒーでもすすりながら。


山「そう言えば、部の連中達とで夏休みに海行ったよなぁ。俺達が2年のときの、
  ほら、春の大会の打ち上げもかねてってヤツ。」
川「えーと。」
山「何だよ、またかぁ?」
川「ああ、えと。あれだよ、あれ。ああぁ、ここまで出かかってるのに。」
山「…はぁ。富浦だろ。」
川「そう!それ!富浦!」
山「頼むぜ?」
川「大丈夫思い出したから。確かあの時。」


 中央にピンスポ。二人ともその中に入ってくる。


川「あの時が、部で企画した最初の旅行だった。幹事は俺と伸吾で、初めてやることの連続で
  大変だったなぁ。何とか電車に乗り込んで、富浦の駅についたのは十時過ぎだった。
  電車の中から見えた海にみんな大はしゃぎだった。だから、部員の親戚の民宿に荷物を置いて、
  すぐに海に向かったんだ。」
山「海だぁ〜!」
川「白い砂浜!青い海!いや〜。キレイだなぁ。」
山「お前目ぇ腐ってんのか?どうみたって黒い砂浜、灰色の海じゃねえかよ。東京湾ナメるなよ?」
川「いや、まぁ気分だけでもな。」
山「この人ごみに気分もクソもないだろ。」
川「考えることはみんな同じか。部の連中は先いっちまったよ。幹事の苦労も知らないでさ。」
山「まぁ。みんな楽しみにしていたことは確かなんだし、いいじゃないか。」
川「まあね。それよりも、俺達も行かないか?こんなトコでウジウジしてるのもしょうがないし。」
山「そうだな。泳ぐか!」
川「水着はあらかじめ着用済み、自分達のビニールシートの上に荷物を置いて、海に向かってダッシュ!
  裸足の足に、砂浜の砂はとても熱く、その熱さが海に向かう足をさらに加速させて行った。
  俺よりも足の速い伸吾は、勢いよく海に飛び込んだ。後に続こうとしたその時…。」


 その場でダッシュしていた二人。山下が勢いよく飛び込むフリ。
 その場に倒れ込む。


川「浅瀬の岩に頭を打って浮かんできた、伸吾が目に入った。大騒ぎだった。
  みんなで伸吾にかけよって、急いで浜辺に引き上げたんだ。」


 寝ている伸吾を起こし、助けてやる川上。


川「伸吾!伸吾!!大丈夫か!!伸吾ぉ!!」
山「たったったたら、ったったった♪(メタルギアのゲームオーバー音を口ずさむ)」
川「伸吾ぉーーっ!!」
山「監視カメラに撃たれた…!」
川「死に方、地味!!」
山「(もっさりと起き上がり)うぅ…。」
川「気がついたか?」
山「気持ちよかったぁ…。川の向こうでおばあちゃんが手を振ってるんだ。」
川「落ち着け!お前のばあちゃんはどっちも生きてるぞ!」
山「久しぶり〜、彰のばあちゃん…。」
川「ウチのも生きとるわ!失敬な事言うな!」
山「あっ!何だ、彰、お前こんなところいたのか。」
川「俺もいんのかよ!!」
山「はっ!ここは。」
川「やっと気がついたか…。」
山「彰…?何だ、生きてたのか。」
川「いっその事死ぬか?てめえ。」


 立ち上がる山下。


山「いやぁ、そんなこともあったなぁ。懐かしいなぁオイ。」
川「ひと事の様に言ってるが、あの後大変だったんだぞ?俺一人で残りの2日間、幹事やったんだ。」
山「そうそう、俺はそのまま民宿で寝込んでなぁ。」
川「でも、何でこんなこと覚えてるんだろ。」
山「しょうもない思い出なのにな。」
川「不思議だね。」
山「印象深かったからだろ。滅多に起きることじゃないからな。こんな馬鹿な事。」
川「そうかもしれないね。うん。」


 地明り、FI。そのまま椅子にすわる二人。


川「思えば人ってさ、いろんな思い出をもっているもんなんだなぁ。」
山「でも、印象に強いのは、高校の演劇部でのこと。」
川「俺もだ。」
山「まあ、お前にとって一番思い出深いのは、彼女のことなんだろうけど。」
川「え?なんで?」
山「おいおい、今更すっとぼけんなよ。彼女のこと忘れたとは言わせないぞ。」
川「彼女…誰?」
山「まさか…。あのこの事忘れちゃったのか?彼女だよ、遠山明日香!」
川「遠山…明日香?」
山「お前なぁ。そんな事言ってると彼女ないちゃうぞ。今日ここに呼んであるのに。」
川「え?」
山「そういえば、お前には言ってなかったな。彼女もここに呼び出してあるんだ、
  演劇部のメンバーとしてね。ま、半分はお前喜ばそうと思ってさ、へへへ。」
川「ちょっとまて、よく思い出せないんだ!」
山「何言って…。」


 山下の携帯電話語り出す。


山「もしもし?…ハイ?はぁ?何してくれちゃってんの!!うん、うん。マジで?…わかった。
  すぐそっち行くから。もう絶対これ以上いじるなよ?…わりぃ、急に仕事がはいっちまった。
  なんかトラブったみたいでさ。本当に悪いんだけど…俺いくわ!」
川「ちょいちょい!俺はどうするんだよ!その、遠山って、よく覚えて無いんだぜ?」
山「顔みりゃ思い出すよ!絶対に覚えてるはずなんだから!逃げんなよ!」
川「待てよ!せめて何か特徴を言って行ってくれよ!」
山「特徴?そうだな…、デカくて、黒くて、固いんだ!じゃあな。」
川「待てぇ!!」
山「何だよ。まだあんのか?」
川「うそつくなぁ!!」
山「うそじゃねえよ!」
川「だって、そんな特徴的な奴なのに、ちっとも思い出せないんだぞ?」
山「馬鹿!体が思い出すのを拒絶してるんだよ!」
川「だったらそんな奴呼ぶなよ!!」
山「あでゅー!」


 上手に去っていく山下。と思ったら戻ってくる。胸の前で十字をきり、今度こそ去っていく。


川「な!?何だよ!!ちょっと待てったら!!」


 椅子に戻る川上。考えこむ。店員がカップを下げにくる。


店「お客さん…。」
川「はい?」
店「フられたからって、気ぃ落としちゃ駄目だよ。」


 店員去る。


川「ちょ、違っ…!!」
店「おかわり持ってきてあげるから…。」


 その時、上手から遠山参上。


遠「…川上君?」
川「え?…遠山さん…。」
遠「やっぱり川上君だ…。昔と全然変わらないね。特に顔。」
川「そりゃ同一人物なんだから、当り前でしょ。」
遠「あ、そっか。フフフッ。」


 間。川上、話すネタが無く、そわそわ。で、とりあえず話し出す川上。


川「…そういう遠山さんは変わったね。」
遠「どんな風に?」
川「だって、デカくもないし、黒くもないし、そして固くもない。」
遠「私ってどういう印象だったワケ?(半ギレ)」


 そこへ、遠山の水を持ってくる店員。


川「いや、伸吾の奴がデカくて黒くて固い…」
遠「はぁ?」
店「お客さん、あんまり触れないであげよう。人にはさ、知られたくない性癖の一つや二つ…」
川「外野はひっこんでろ。」


 店員去る。


遠「そうだよね、川上君…山下君と仲、よかったもんね。」
川「誤解だよ!!」
遠「じゃさっきのは何?(再び半ギレ)」
川「あ…。だから、伸吾の奴がそう言ってただけでね…。…ごめん。ぶっちゃけ忘れてた。」
遠「ひっどーい!私のこと忘れるなんて…。あれだけの事、私にしておきながら…!」
川「え?俺何かしたっけ!?」
遠「じぇんっじぇん!」
川「…俺の友達ってロクなのいねえなぁ…。けどおかげで少し思い出せたよ。」
遠「そう、よかった。本当に久しぶりね。川上君。」
川「本当に。さっきも言ったけど、ほんの少し前まで伸吾もいたんだ…。」
遠「じゃ、さっき近くで見かけたのはやっぱり山下君だったんだ。急いでるみたいだったから
  呼び止めたりとかしなかったけど。」
川「何でも、仕事の方でトラブルがあったとか。ほら、あいつ、ウルトラ警備隊だろ。
  大変な仕事だよな。」
遠「どんな仕事だって大変だよ。川上君も作家なんて大変なんでしょ。」
川「大変なんて…。趣味の延長線みたいなもんだからさ。それに作家って自覚も
  まだあんまりないし。そんなふうに思ったことは無いかな。」
遠「山下君だって、前からいってたじゃない。『俺は、ウルトラマンになっていつかはゴジラを倒すんだ』って。
  彼だって、大変なんて考えて無いんじゃないかな。」
川「そうだね、そう考えてみればそうなのかも。」
遠「フフ、どうしたの?淋しそうな目をしちゃって。」
川「いや、ほら。みんな別々の道を歩いていって…。」
遠「俺は何が出来るんだろうって?」
川「え?」
遠「アハハハハ。変わってないね。あの時と同じ。」
川「あの時って…。」
遠「『ケルベロスの夢』。」
川「ああ!!そういえば、そんなこともあったね。あれは…。」


 下手のピンスポがつく。その中に川上が入っていく。


川「あれは、みんなで海に行った時の最終日だった。もう夜になっていて、最後に花火をやろうと、
  伸吾を中心にみんな町に花火やお土産を買いに行ってたんだ。俺は、部屋で一人で留守番していた。」


 一人黙々と、何かを書いている川上。


遠「何やってるの?」
川「あれ、遠山さん。町行ってたんじゃないの?」
遠「うん、まぁね。」
川「…参ったなぁ…。」
遠「どうしたの?」
川「いや、その。」
遠「私と二人きりじゃ…イヤ?」
川「あ、いや、全然そんなこと無くて…その…!!えと…!つまり…!あ〜、もう。」
遠「っぷ!あはははは!」
川「へ?」
遠「やだ、本気にしないでよ。ははは!」
川「な、何だ。あ〜ビックリした。」
遠「山下君にね。『あいつ一人でイジケてるだろうから、からかって来いよ』って。」
川「あの野郎、余計な喋りやがって…(ボソッと)」
遠「何?」
川「いや、何でもないよ。」
遠「…それ脚本?」
川「ああ、春大終わったからっていつまでもノビノビしてられないからね。夏が終わったらすぐに秋大だし。
  …あらかたあがってるんだけど。…どうかな?(台本を渡す)」
遠「うん…。」
川「今回のはさ。ファンタジーなんだ。冒険家を夢見る少女と魔界への門を守るケルベロスの話。
  テーマは『夢』。」
遠「『夢』?」
川「ああ。ほら、俺達、今回の舞台が最後だろ?これから、道は別れていくし…。淋しくなるなってさ…。」
遠「川上君。」
川「…それで…俺は何がしたいんだろう。何が出来るんだろうってさ。」


 遠山台本を見る


遠「ケルベロスは思い出したのだ。かつての自分の夢を。真ん中の首は魔界一の詩人になりたかった。
  右の首は魔界一の格闘家になりたかった。そして左の首は魔界一の発明家になりたかった。
  だが、からだが一つ故に夢は絶対に叶うことはなかった。ケルベロスは泣いた。吠えた。
  そうして、少女が来て七日目の夜。ケルベロスは魔界の門を開いた。」


遠「……いいんじゃない?ゆっくり探せば。」
川「ん?」
遠「むしろ私はその方が好きだけど?川上君らしくて。」
川「え?」


 少しの間。


川「おれさぁ、じつはさ。その、…俺、遠山さんのことが好きなんだぁ!!
  …なんて言えるはずもなくて、そんな自分に歯がゆい思いをしたっけなぁ。」
遠「…。」


 地明り。
 テーブルの上には遠山のコーヒー。


川「今俺なんか言った?」
遠「うん。」
川「…なんて。」
遠「いきなり、告白されてしまいました。」
川「あ、ああ。それは、…あの。」
遠「いきなり、告白されてしまいました。」
川「いや、あの。」
遠「告白されてしまいました。」
川「えと…。」
遠「告白されちまったぁ!!」
川「そんなに俺のことが嫌いかぁ!!」
遠「あはははは。冗談。…でも残念。」
川「へ?」
遠「私ね。結婚したんだ。」
川「ええっ!」
遠「一年前に、結婚式やって。でも、川上君住所変わっててさ。誰も知ってる人いなくて、
  山下君にも探してもらったんだけど、やっぱりわかんなくて。招待状、出せなかった。」
川「ああ。ちょうど都内のアパートで本書いてる時だ。誰にも、伸吾とも連絡とってなかったし。
  ああ、ごめんね。なんだか、探してもらったり、へんな心配かけて。」
遠「いいの。」


 ちょっと間。


川「じゃ、今は主婦なんだ。」
遠「うん、一応ね。」
川「はは、当り前だよね。」



 さらにちょとま


川「ちょっと、びっくりしたなぁ。でも、遠山さんきれいだし、結婚してない方がおかしいもんね。」
遠「私ね。」
川「なに」
遠「私…。私も川上君のこと好きだったんだよ。」
川「…え?」
遠「だから、結婚式にも、来てないことがわかって正直ほっとしてた。」
川「遠山さん…。」
遠「私こそ何言ってるんだろ。本当、バカみたい。」


 少しの間。


遠「はぁ。私…帰るね。」
川「え?ちょ、ちょっと。」
遠「本当に、変な事言ってごめんね。」
川「遠山さん。」
遠「そうだ、これ。」(台本を渡す。)
川「…『ケルベロスの夢』……。」
遠「今日はこれを渡そうと思ったの。…じゃあ。」


 遠山、上手側より去っていく。
 一人腰を下ろす川上、再度、あいたカップを下げにくる店員。


店「お客さん。コーヒーのオカワリいれようか?」
川「ええ、おねがいします。」
店「そう、気をおとすなよ。いい事あるさ。」


 店員去る。川上、脚本を読み始める。


川「さあ、行け!かよわき冒険者よ。その向こうにお前の夢が待っている。しかしそれは辛いものだ。
  もう、こちらの世界へは戻ってこれないかもしれぬ。それでも誇れ!お前には夢を叶える力がある!
  強さがある!知恵がある!行ってこい冒険者よ!我らは見送ろう!これは『別れ』ではない!
  『誓い』だ!!また会おう!」


 川上、本を閉じる。


川「また会おう…か。俺は…一体何をしていたんだろう。…小説家…。やるか!」


 川上、中央に移動。
 川上にピン。


川「人の心の中には、いくつもの思い出がある。思いでは人を立ち止まらせもするし、
  歩かせもする。どっちにしても、それはかけがえの無い大切なもの。
  あなたには思いでありますか?かけがえのない思い出が。」


 徐々に暗転。
 おわっちゃえ。






















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